今月からこの巻頭コラムを担当することになった。第一回目にあたり、商社の情報機能と調査部の役割について考えてみたい。
企業が製造し販売する商品・サービスについては、プロダクト・ライフ・サイクルがあることがよく知られている。どんな商品でも成熟し、やがては衰退する。だから企業は継続的に新商品を開発し、決して十年一日、同じものを売り続けることはない。一方で、これだけは絶対手放さないというその企業にとってのコア商品もある。
商社についてはどうだろうか。商社の「商品」とは、この場合、その取扱商品ではなく、顧客(取引先)に提供するサービス、商社機能と考えると、やはりこれについてもプロダクト・ライフ・サイクルがあることがわかる。戦前、戦後の歴史のなかで商社はそれぞれの時代のニーズに応じて常に新しい機能を開発し、また機能の高度化を図り、数々の危機を乗り越え発展してきた。こうした機能の積み重ねが今日の商社のサービスの多様性(プロダクト・ミックス)に他ならない。
その多様なサービスのなかで、廃ることなく一貫して重視されてきたものがある。それは「情報」である。情報は商社活動の原点であり商社機能のコア部分を占めるとさえいえる。古来、商人はつねに情報と文化の伝搬者であった。
しかし、現代は情報氾濫の時代にである。インターネットなどを通じてきわめて多量の情報がふんだんに流通する。この様な情報インフレのなかで、総合商社の情報機能をいかに差別化し、取引先に評価してもらうか、これはすべての商社マンが等しく感じている問題意識ではないか。
一つの差別化の方向は「足で稼ぐ情報」への特化である。情報が氾濫し、誰もがどんな情報も簡単に入手できる時代であるからこそ、足で歩いて人に会い、フェイス・ツー・フェイス話して手に入れた情報の価値が高まるのである。このような足で稼ぐ情報活動はわれわれ商社マンが最も得意とする分野であり、今後ともこの種の情報活動にわれわれの生きる道があるように思える。
ただここで忘れてはならないことは、「足で稼ぐ情報」は、基礎的な文献情報をきっちり押さえてはじめて生きてくるということであろう。次のような話がある。
戦前の日本で活躍したソ連のスパイでゾルゲという人物がいた。「歴史を変えたスパイ」とまで称されて、その情報力に高い評価を受けている諜報員であるが、逮捕されてから法廷で一貫して無実を主張した。自分が入手した情報はすべて公開情報であるというのがその理由であった。実際、ゾルゲはその諜報活動のほとんどを公開されている文献情報に頼ったことが明らかになっている。九割九分まで公開情報で押さえ、最後の最後のところだけを足で確かめた。
足腰の強い一騎当千の商社マンが無数にいる商社にあればこそ、それを補完する地道な公開情報の収集と分析活動が重要になる。ビジネスとアカデミズムを結び、舵手や漕ぎ手から声の届く距離にいて、まわりの状況をわかりやすく皆に伝える檣頭(マストヘッド)クルーの役割を、調査部は果たして行きたいと思う。
(橋本)